2013年5月30日木曜日

ゼミのやり方

10期生のゼミは,4年と合同の時間も含めると,平均4~5時間やっている。
15:00から始めて,終わるのは19:30~20:30ぐらいまで。
色々と忙しいのだろうけど,長くやることに文句がある奴がいるみたい。
ゼミ後に,ちょっとしたお願い事をしただけで,あからさまに嫌な顔をする奴がいるから。
私は11:00から,トイレに行くだけで,一切休憩せずにゼミをしているんだけどね。

いっそのこと,10期のグループワークの報告は,一週あたり二つのグループに限定しますか。
そうすりゃ3時間ぐらいで終わらせられるからね。
長時間いやいやゼミをして,外発的動機づけのもとで研究に従事してもらっても,成果はたかが知れている。
早く帰りたい奴がいるグループは,早めに報告させて,それが終わったら帰ってもらってもいいかも。
ブスーとした顔を見せられるだけで,萎えるからね,私も皆も。
以前注意したけど,直らんから,言っても無理なんだろうね。
時間がかかっても,十分に議論したい奴だけが残り,前向きな表情で真剣に議論した方が気持ちいい。
あるいは,10期のゼミを12:40~15:00までにして,9期生のゼミをその後にしてもいいかも。
後があれば,時間がきたら終わりだから。
やっぱりゼミは楽しくやりたいからね。
もう,そうしましょう!

2013年5月28日火曜日

自力

自力で何かをやり遂げる。
響きの良い言葉だけど・・・,そんなことってあるのかね。
この年まで,多くの人に支えられ,助けられて生きてきた。
もちろん,自分自身,常に精進を心がけ,それなりに努力は重ねてきた。
でも,自力でここまで登ってきた,なんてとても言えない気がする。
言えば,自分の都合のよいところだけを切り取って,慢心をさらけ出しているようで・・・なんかね。

大事なことは,自分自身の精進と,周りの支えの果てに,社会において何を成し遂げるか,ではないであろうか。
まったく周りの環境を遮断し,それこそリアルに自力で生き,自己の精神世界で何かを完結させるのも,「あり」っちゃ「あり」だろう。
でも,ほとんどの人は社会の中で,社会とのかかわりの中で,生きていく。
一人では生きていけない。
だとすると,自力で生きていると思っているのは,実は幻想で,ほとんどの人は「自力」では生きてなどいない。
大事なのは,自力か否か,あるいはどの「程度」自力で生きているのかなどではなく,周りの支えや助けに報いうるよう,精一杯努力して生きることなのではなかろうか。

身に余る助けや支えを受けるのは,確かに潔くない。
しかし,自己の能力や境遇に見合い,それを受けることで,社会において何かを成し遂げることができるのなら,あるいはその見込みがあるのならば,敢然と人からの支援を受けるべきだと考える。
それを拒否することは,むしろ罪悪に近い,っていうと言い過ぎか?

2013年5月27日月曜日

折れない心

我がゼミの4年生もほとんどの学生に内定がでた(あるいは出る見込み)。
しかし,不運にもなかなか決まらない子もいる。
根性はあるし,はきはきとしているし,元気だし,決まらない理由がよくわからないが。
先週は,ゼミ中に希望の会社から不採用の連絡があり,全員がかける言葉に詰まった。
でも,彼女はめげない。
不採用の理由を教えてほしいと,その会社に連絡したところ,会社側もその熱意にうたれたのか,会ってくれるという。
不採用にした人間に,わざわざ時間をかけて会ってくれるなんて,聞いたことがない。
それが今日。
私も,役に立つかどうかわからなかったが,土曜日にA4で3枚におよぶ推薦状を心をこめて書いた。
それを会社が受けとってくれたという。
そして,もう一度選考のプロセスにのせてくれることになったという。
もちろん,そうなったのは彼女の誠意と熱意が,会社側に伝わったからであろう。
誠意を熱意をもって接すれば,きっと道は開かれる。
きっと今度の選考は大丈夫だと思う。
そう信じている。

2013年5月25日土曜日

ハエ

「千房」というおこのみき焼さんのチェーン店がある。
そこの社長は結構,良いことを語る。
講演は引く手あまた。
私も聞いたことがあるが,その言葉にこういうのがある。

私の部下はダメなやつばかりだ,という人がいるが・・・。
ダメなやつって,どこに集まるんだろうね。
例えば,ダメなやつを,嫌われ者のハエに例えると,それがたかるのは「うんち」ですよね。
つまり,言いたかないけど,自分の周りにダメなやつばかり集まるって言っている人は,要するに自分を「うんち」だって言っていることに等しい。

お好み焼き屋の言っていることだけど,これってきっと大学の教員にもあてはまる。
言いたかないけど,最近,学生を悪しきざまに言う人もいる。
「最近の学生はなっていない」ってね。
でも,それってね,要するにね,自分をね,×××って言っているってことと同じだよね。

私のゼミ生は,みんな素晴らしい。
でも,「だから」私が素晴らしいからだ,って言いたいのではない。
私のゼミ生は,私を素晴らしくしてくれるために,存在してくれている,そう思っている。
現にそうなっている,と思う。



私は決して×××にならない。
ちょっと自負がある。
私は,何か自分に不都合がことがあっても,他人や環境のせいにしない。
自分に問題はないか,自分に悪いところはなかったか,自分の「不作為」に問題はなかったかと考える。
自分に問題があれば,自分が問題の源泉ならば・・・自分で変えうる・・・かも。
他人のせいにしてしまえば,自分では変えられないよ。

私は決して「うんち」にはならない。
決してなりたくない。

潔さ

本日,原価計算の授業で,前回の授業で不正があったと指摘をした。
教材提示機で,不正の証拠をプロジェクターに照射して,皆に示した。
名前はあえて言わなかった。
すると・・・
授業後,ある学生が現れ,あれは自分の答案であると申し出てきた。
その子の答案は,計算プロセスをじっくり見ると,自力で解いたであろうことが分かる答案であったが,それをまるっきり写した子がいたのだ。
私が「隣の子に見られてしまったのか?」と聞くと,「いえ,意図的に見せてしまいました」と正直に答えた。
そして,「二度としません」と私の眼を見て,はっきりと言った。

私は彼を信じる。
彼はとても潔かった。
あの眼は信用できる。
彼は,きっと二度と不正はしないであろう。
とても清々しかった。


さらに・・・
本日,ゼミの学生二人が内定をほぼゲットした。
自分のことのように嬉しい。
いや,自分のことより,嬉しいかもね。


今夜はいい気分だ。

2013年5月23日木曜日

ポットラック

昨日も,ゼミ終了後,LMXを研究しているグループとポットラック・パーティをした。
これで,一応,3年生のすべてのグループとやったことになる。
HKRは野菜スティックと卵焼き,NNEは豚キムチチーズ,MAIは肉じゃが,MKYはおにぎり,MRNはパイを持ってきてくれた。
とってもおいしかった。
ゼミのことや,ゼミに関係ないこともたくさん話し,ちょっとみんなのことを理解できたような気がする。

ところで,我がゼミでは初めてのことだが・・・
MKYが夏から一年間,カリフォルニア大学に留学する。
これからゼミとしてどう対応するか・・・大きな課題である。
ゼミとしてよく考えなければならないであろう。

2013年5月22日水曜日

変わらないね

学生の父母向けに「草のみどり」という雑誌がある。
今月号の「商学部だより」というコーナーで,商学部事務室の職員の方が書かれた文章の中に,私が数年前に書いた文章が引用されていた。

大学の場において,
ゼミほど学生と教員が濃密に交錯する場所は他にない。
両者は,時にぶつかりあい,さまざまな思いが交差することもあるが,
学生は互いに助け合い,教員はそれをサポートし,高い研究成果を目指す。
議論においては,真理の探究のため,
容赦のない厳しい指摘が繰り返される。
しかし,他方では,共に遊び,酒杯を重ね,
感動を共有し,泣き笑いすることで,家族のような情愛があふれる。
ゼミとは,議論の場における,規律と苛烈さ,その場における暖かさと情愛が共存する,
げに不思議な組織である。



留学後に書いた記憶があるから,6年ほど前の文章かな。
ゼミに対する思いはまったく変わっていない。
今も当時と。
あと20年経っても変わらない。
そう誓おう。