2024年10月17日木曜日

決戦の週末

プレゼン大会が目前。

土曜日にはスポーツ産業学会の学生プレゼン部門(SPJ)の予選。

そして,日曜日が決勝戦。

今年は参加大学・ゼミが史上最多で,一つの分科会になんと15のゼミが!!

この15のゼミの中で一番にならなければ決勝には進めない。

これは厳しい。

しかし,スポーツビジネスの2つの班の仕上がり具合は良い。

今日のゼミで,SPJのための15分間のプレゼンを聞いたが,これまでの先輩の発表より,はっきり言って,良い。

プレゼンの技術面に改善点は多いが,それも今日のフィードバックを受けて改善されるだろう。

そして,日曜日には経済経営系のプレゼン大会として日本最大のインター大会がある。

コロナ渦でしばらく中止していたが,今年久々に復活。

ここには上記のスポーツビジネス班に加えて,管理会計班も参加する。

管理会計班もレベルは高い。

かつてインター大会では,10年前の11期生が優勝,9期生と12期生が準優勝をしているが,その連中のファイルと比べても遜色ない。

いや,班によってはそれを超えているかも。

これまで多くの努力を研究に費やしてきた21期生。

私は諸君の努力や苦悩を絶対的に支持する。

たとえ世の中の反応がどうあれ,君らのことをずっと見てきた私は,諸君のそれらを絶対的に支持する。

そして,誇りに思う。

残念ながら,今次,インター大会への出場を断念せざるを得なかった班も含めて。

他班の手伝いをして,ゼミに貢献しようとしてきた君らも,同じく誇りに思う。

明後日までプレゼンのスキルを磨き,そして土曜日と日曜日は,楽しんでほしい。

他大学のプレゼンを聞けば,おそらく自分たちがどれだけ高い山に登ってきたのか分かるだろう。

楽しんでこい!!

2024年10月15日火曜日

応募者数

昨年渡辺ゼミの応募者数は43名。

そして、昨日発表された今年の応募者数は11名。

これから応募先を変更できるので最終確定ではないが、約四分の一に急減少。

広報係はひょっとして気にしているかもしれないが、全然問題ないので、気にしなくて良いよ!!

歴代最多の応募者数から歴代最低の応募者数へ、なんて逆になかなか楽しい。

最多の時の21期生と最低の時の22期生でどう変わるか?

ここまで極端ではないが、山と谷をこの間経験してきた身からすると何となく分かる。

おそらくそれらのパフォーマンスに何の差も見られないだろう。

21期は素晴らしいパフォーマンスをこれから示してくれてるだろう。

でも、それは決して自分たちの力だけで成し遂げたことではないことを彼ら彼女らは良く知っている。

先輩たちのしてくれたことに加えて21期生の経験値などを、きっと22期生に恩送りしてくれるはずだ。

減少の理由は色々あると聞く。

だか、そんなことはもうどうでも良い。

私は落とす人が多いことが苦痛なので、少ないなら少なくても構わない。

それより眼前の研究に力を注いで欲しい。


今頃私は…

6年前に、長崎から日本を変える先陣を大学としてきろうとした。

しかし、それは叶わなかった。

そして、当時盟友とも想った旭人さんがやり遂げた。

とてつもなく嬉しく、とてつもなく悔しい。

何だこの感情。

長崎はきっと変わる。

日本の地方の先陣をきり数十年前に衰退をはじめ、そしてこれからは先陣をきって新しい方法論で時代を変える存在になる。

このスタジアムとアリーナなら人生を捧げても良いと判断した6年前の自分を褒めたい。

お前はあの時、一敗地に塗まみれたが、その判断自体は間違っていなかったぜ、と。

しかし、残念だ。

無念だ。

このままでは死ねない。

いつかきっと長崎とともに日本を変える一助となりたい。

それだけ。

ほんと、それだけ。


2024年10月13日日曜日

さて,長崎へ

昨日はハードだった…

ここんとこテニスをまったくできていなかったので,朝9時から80分からプレー。

その後,午後3時まで畑仕事。

やらなきゃいけなことがたくさんあって,全然終わらない…

午後3時半からは,スポーツ産業学会の学生プレゼン部門に出場するグループの研究指導。

2時間半実施して,午後6時からは会計研究学会の理事会。

これが長かった…

私はプログラム委員会の委員長になってしまった。

新旧理事の引継ぎ案件などもあり,終了したのは午後9時。

帰宅は10時近く…

でもぐっすり寝たおかげで,今朝はすっきり。

これから長崎のスタジアムシティへ出張。

色々な想いのあるスタジアムであり,長崎の地。

さぁ,行こう。

2024年10月10日木曜日

心配しているけど…

先日,スポーツ産業学会の学生プレゼン部門に出場するグループが要旨論文を提出した時も,直前までチェックしてあげたのに,無事提出できたのか,その後一切連絡なし。

連絡なしは,無事な証拠。

そう考えると,今日もきっとトラブルがなければ,私に無事ファイルを提出できたって連絡はないんだろうなぁ。

さぁ,もう寝よう。

何とか間に合うかな

経営経済系で日本最大のプレゼン大会であるインター大会予選が迫っている。

今日の24時がファイル提出の期限。

出場する3つのグループは,臨戦態勢で今日を過ごした。

どのグループもぎりぎりではあるが,何とか一定の水準を超えたファイルを提出できそう。

本当によく頑張ってきたよ。

明日はよく休み,引き続き10分以内でプレゼンをおさめることができるよう,原稿を創りこんでほしい。

しかし,良い光景だった。

同期同士で助け合い,先輩が後輩の中に入り込んでアドバイスをする。

差し入れのおにぎりとパンを頬張りながら。

例え世間が何と言おうと,この経験を経たこの子たちはきっと社会で有為な人財になっていく。

それもダントツのね。

一コマ

日常の中で,私は1日一つでも,小さくてもいいから,幸せだったこと,美しかったこと(もの),素晴らしかったこと(もの),とにかくポジティブな心持ちを意識するようにしている。

今日のそれ。

朝から,研究室訪問をしてくれた2年生との対応,福岡大学の学部長先生とのミーティング,3年生のグループ研究への対応,学部の大事な会議…

それら一つずつについて,その意識は顕現化するよう努力。

その隙間も。

学部の大事な会議が終わり,ゼミ生の待つ部屋へ向かう。

その時点で自分を必要としてくれる存在のあることに幸せを感じる。

部屋のドアを空けると,皆私を一斉に見てくれる(統計に必死ななっちゃんは,椅子に両足のっけて,PCをガンミしていたけど,ほぼ…)。

今日は大事な晩の席があり,ぎりぎりまでゼミ生と一緒にいたのだけれでども,18時30分に間に合うように研究室を急いで出て,12階のエレベーターに向かうと,ゼミ生たちが,「せんせ,せんせ!」ってドアを開けて待っていてくれて。

それが本当に幸せだった。

そして,2年生までぐうたらな生活を送っていたやつでも,わずか1分のエレベーターの中でも,統計のことを私に質問してくる…

こんな幸せなことがあるだろうか。


かつて,私が尊敬していた高校教師の叔父が,私が大学の教員になったときに,「タケオ,偉いなぁ」って良く褒めてくれた。

法律家だった父が,私をほとんど相手してくれなかったため(私が落ちこぼれのどうしようもない,良く言えばダタイスト,まぁただのひねくれ者だったのでしょうがないのだが),叔父は私にとって敬愛できる唯一の大人だった。

その高校教師の叔父は,かつての共通一次試験(今のセンター試験)で,全国でも科目によってはトップ10に入るぐらいな優秀な人で,大学院に残ることも嘱望されたが,家庭の事情で(私の母も幼く,長男として7人兄弟姉妹を支える必要があった),高校の科学の教師になって家計を支えた。

しかし,私は常に思う。

私は全然偉くなんかない。

タカシゲおじちゃんの足元にも及ばない。

でも,その高い山があるからこそ,私は眼前の高い山を登ることができている。

いつまでたっても,きっと,おじちゃんの「偉いなぁ」という言葉は腹落ちしないかもしれない。

でも,偉くないけれども,確実に言えることはある。

私は教員になって学生に幸せにしてもらっている,と。

あいつらが可愛くってしょうがないんだよ。

凄いだろ。


叔父の死期が迫ったとき,連日,叔父の親族しか入れない病室の外には,教え子たちが列をなして粛然と立ち,祈りを捧げていた。

私は叔父には程遠い。

でも,私は,頑張る学生の心に寄り添うこと,その気持ちだけは叔父に負けたくない。

どんな人間でも,うちのゼミに入り,努力すれば輝ける,そんな場所にしたい。


明日も長い一日になりそうだ。