2011年4月27日水曜日

桜広場

早朝,正門から入校する。
車道わきの歩道を歩かず,桜広場内の小路を歩いて研究棟に向かう。
緑がまぶしい。
葉の間から降り注ぐ太陽の光は眩しく,緑を白っぽく映えさせる。
深呼吸をする。
体内パワーが満ちる。
今日は11:00から19:00ごろまで,ゼミ。
真剣勝負。
今日もやるぞ。

2011年4月25日月曜日

春になり

朝,野菜に水やりして,自転車で学校に向かう。
早朝7:00の空気は清々しく,何とも気分が良い。
本当に気持ちの良い季節である。

この春は,借りる畑を一枚増やしたこともあり,栽培する野菜を増やした。定番のジャガイモに加え,インゲンを2種類,人参,ナス,トマト4種類,キュウリ,ゴーヤ,真桑瓜,およびメロンを植えた。まだ,増やすかも。色々と大変だが,畑仕事はストレス発散になるし,育つと楽しい。
ところで,秋冬野菜の収穫であるが,結局ブロッコリーはなんと235株とれた。丹念に手入れをした甲斐があった。その他に,ホウレン草145束,ダイコン36本,カブ55個。ネギなど収穫高を数えていなかったものも含めて,なかなかの出来だったと勝手に思っている。

大学でも若い芽たちが集まり,新学期の授業が始まった。
ベーシック演習の学生たちが1年後,どのように育っているか楽しみである。
こちらは,野菜と違って,手をかければかけたほど良く育つ,とは簡単にいかないが…。
でも,だからこそやりがいがあるとも言える。いやがる先生もいるが,私は1年生向けの基礎演習は大好きである。だからこそ5年連続で担当しているわけである。

2011年4月14日木曜日

新学期

桜広場の桜が,強い春の風に舞っている。
桜を見ると,横溢する生命の力強さを感じる。
キャンパスにも若い力が溢れている。
そのおすそ分けにあずかるだけでも,力が漲る。

何事もなかったかのように
新学期が始まった。

学生はいつもの年と変わらぬように見える。
私は会計学科の責任者になったため,会計学科の新入生向けのガイダンスを行ったが,震災のこともあり,少し,否,かなり気負った。ある意味,重い演説をした。そんな私が空回りをしているかのように映るほど,重ねて言うが,学生はいつもどおりであった。

そのためか?
例年,1年生向けの導入演習である「ベーシック演習」の応募者は,60名近くいるのに,今年は33名であった。演習の総数がかなり増えたこともあろうが,私の演説が影響したか?
とにかく,若々しい「いのち」が19名,来週から一緒に学ぶことになった。
彼らの期待に応えらる様に,若々しい希望を挫かぬように,私も精一杯頑張ろう!!

2011年3月29日火曜日

あるいは私も

あるいは私もいつかボロボロになるかもしれない。
学生を,ゼミを,そして大学を,愛せなくなる日が来るかもしれない。
その時,私は。

しかし今は
善意の背信にさらされるくらいなら
糾弾され責めを負うことをどうして恐れよう。

しかし今は
裏切られても,裏切られても,彼らを信じよう。
培われてきた紐帯にふれることができるなら。

そうして私はまた立ち向かう。
真摯な心のかけらを糧に。

そして羽ばたく愛すべき者たちは
振り返らず力強く。
それでいい。
まだまだ,私は。

2011年3月25日金曜日

希望を持とう

この絶望のとき,いや絶望の時だからこそ,現在の状況を望ましい方向に変えることができるのだと信じよう。

変えたいと思う望ましい未来を描こう。
それこそ「希望」を持つ,ということである。

希望が希望として人々に「もやい」(連帯・共同)されるとき,それは未だないが「存在」するものとして,社会の現実となりうるのである(玄田有史ほか『希望学1』東京大学出版会)。

2011年3月23日水曜日

そして未来へ

本来であれば,本日は渡辺ゼミ6期生の卒業コンパの日であった。
東北関東大震災の影響から中止と相成ったことは既に書いた。
既に7期生などから集めていたコンパ会費は,全員の合意のもと,被災地への義援金とすることとされた。
近々のうちに,日本赤十字社に振り込みが行われることであろう。

卒業生には,次の言葉を贈りたい。
未曽有の国難を受け,これから日本は,長期的に塗炭の苦しみをなめ続けることになるかもしれない。経済は失速し,政治は混迷し,人々の醜悪な部分が噴出し,一時的にカオスに陥るかもしれない。

しかし,たとえ汚泥にまみれても,誰に恥ずかしがる必要があろう。もともと,そのかぶった泥は,日本国民が,自らの過去の行いによって生じせしめた「醜いもの」の堆積物である。

しかし,我々は必ず立ち上がる。そして,これから諸君は,その汚泥を一身に受け,それを振り払い,あるいはそれを身にまとったまま,しかしそれをものともせずに,歩き続けなければならない。常に前つんのめりに歩き続けてほしい。その行き着く先には,「新生日本」が必ずある。諸君はその先兵なのだ。

この混迷の時代に,「未来」を描くことは難しいかもしれない。しかし,それを思い描き,それに向かって研鑽を続けなければ,それは決して実現しない。各々が,各々の未来を描くと同時に,社会全体の未来像を築構することができれば,それらに傾斜して,どんな苦しさ,辛さ,哀しさにも耐えることができる。

不運をかこち,現実に失望するのではなく,未来に思いをはせよう。瓦礫と放射能の地にも,未来を予期させる曙光がみえ始めているではないか。自らの身を犠牲にして戦う男たちがいるではないか,泥沼の中赤ん坊を必死に抱きしめる母親がいるではないか,自らより祖母の救出の優先を願う青年がいるではないか,憎悪の濁流にのまれることも恐れず職務を全うした女や男たちがいるではないか。

未来は必ず創造される。しかし,それは一人ひとりの努力研鑽の果てにある。諸君ならば,やってくれる,私はそう強く信じている。6期生の諸君には,4月以降,各々がその職務・研究に奮闘されんことを期待する。

中央大学商学部
准教授 渡辺岳夫

2011年3月21日月曜日

震災後

震災後の翌日(12日)と翌々日(13日)は,安全性の確認と危険物の除去のため,大学当局より大学構内への入構が禁じられた。
14日には,入構可能となったので,研究室に向かう。
ドアを開けると,本棚のガラスが飛散していたエリアが,若干片付けられていた。
聞くと,ドアが開かなくなった研究室は,高層の建物なのに窓側に回り込み,それを一部破壊し,入室し,障害物を除去したという。震災当日の学生誘導や対応を見ても,事務方は実によく頑張られていると思う。

改めて研究室全体を見回すと,片付ける意欲がなくなるくらいのあり様であった。
気力を振り絞り,まずはガラスを片付ける。
本棚にまだへばりついているガラス片を除去し,落ちている大きめのガラスを拾い,粉々になっているガラスは掃除機で吸い取る。これだけでゆうに1時間はかかる。
その本棚に入れておいた,アメリカで購入した大事な置物が壊れていることに気づく。残念。
結局,14日丸一日かけても完全には復旧できなかったが,おおむねは終了した。

しかし,その後,日々増える死者・行方不明者,そのご遺族の方々,さらには被災され非難されている方々に思いをいたし,心がきしむ日が続いている。

そして,わがゼミは,3月23日に予定されていた卒業コンパを中止することに決定した。
残念である。非常に残念である。
理由はいくつかある。
第一に,死者・不明者が2万人を越え,被災され非難されている多くの皆さまが苦しんでおられるときに,賑やかな会を開くことは慎んだ方がよい,ということ。
第二に,23日晩は多摩市では,スケジュール的には計画停電にあたっており,その場合,予約している店そのものが閉店されてしまうこと。ただし,今まではスケジュールどおりに停電が行われていないので,現時点では停電帯に入っていても,当日,その通りになるかは分からないが。
第三に,17日のように,急きょ大規模停電の可能性が生じると,ダイヤが大幅に乱れ,参加者の中には帰宅が困難になるものも出てくること。
第四に,余震が続いている中,全ゼミ生を集める事は,リスク管理上,避けるべきであると考える事ができること。
第五に,被災地以外の多くの東北・関東の市民が節電にいそしんでいる時に,夜間に会を開くことは慎むべきであると,ということ。

よもやこのような事態に陥るとは,震災直後には思いもしなかった。
6期生の一人ひとりの顔を思い浮かべると,最後の最後に,心ゆくまでその未来をきちんとした形で祝ってやることができないことに,哀しくてしょうがない。
無念である。
彼ら彼女らには,たくさんの記念品がある。
卒業式は中止になったが,卒業証書の引き渡しは25日に行われるので,その日は一日,研究室を開放し,現れた卒業生にはそこで記念品を渡し,かつ語り合うことにした。
湿っぽくならないよう,明るく接したいと思う。