2019年5月6日月曜日

700,000PVか…

このブログも2010年の7月から初めて,そろそろ丸9年が経とうとしている。
もうそんなになるんだなぁ。
先ほど,とうとう70万ページヴューに到達した。
最初のころは,それこそ1か月に多くても10回ぐらいしか投稿せず,PVも200とか300だった。
しかし,最近は1日でそのぐらいのPVがあり,多い月は1か月で1万PVを軽く超える。
過去最多は2016年12月の13,051PV。
直近最多は2018年10月の11,381PV。
ゼミのOBOGが定期購読してくれているんだろうけれども,それ以外の方々にもご覧いただいているようだ。
駄文をさらしてお恥ずかしい限りだけれども,もう習慣になってしまって,ブログを書かないと何やら気持ち悪い。
これからも日々の教育・研究・大学の仕事を中心に,書かせていただきたいと思っています。

GWが終わり…

世間では本日もお休みのところ…
中央大学は本日から授業。
通常,月曜日は会議だらけなのだが,本日は流石に開催されずに,昨日に引き続き今日も終日資料作りに勤しむ。
この資料,非常に重要であるし,対象範囲も広いため,渉猟した資料も膨大であり,その分量もかなりのものとなる。
8割完成しているのだが,あともうちょいってところ。
明日は8時前には出校し,2限の授業までに何とかほぼ完成ってところまでもっていきたい。
さて,明日の準備をもう少し頑張って,すぐに寝よう。
これから毎朝,夏野菜の水やりもやらなければならないし。

2019年5月4日土曜日

天候急転!

今日の23FCの試合。
予定通りキックオフ。
写真は左サイドの飯島選手。
















前半,東京ユナイテッドに先制されるが,飯島選手のボレーシュートですぐに追いつく。
1対1のまま前半は終了。
30分経過後ぐらいから雷の音がしていたので,嫌な予感がしたのだが,試合はそのまま中止。
学生たちを多摩センター駅に順番に送ろうとしていたところ…
急に豪雨となり,その後雹が降ってきた!
それも車のガラスを壊さんばかりの勢いで!
何とかかんとか学生を駅に送り届けることができたが,とおりの街路樹の葉っぱが雹のせいで無残にボロボロになってい様があっちこっちに。
先週と今朝植え付けた夏野菜の苗は…
何とか回復できる程度の被害で済んだ…
しかし,不順な天候が続くなぁ。

久しぶりの23FC

午前中は畑仕事で4時間良い汗をかく。
ほぼ夏物野菜の苗や種の植え付けが終了。
腰が痛い…

それからランチをかっこんで、大学に向かう。
ビジチャレの学生を乗っけて、多摩センターから10分ほどのサッカー場に移動。
今日は南豊ヶ丘フィールドで23FCの試合がある。
ビジチャレの学生は全部で18名ほど来ているようだが、初めて23FCの試合を観ることになるわけだ。
できれば、このチームを好きになって欲しいね。
簡単なタスクも課したけれども、そっちは軽い感じでオッケー。
試合を楽しんで欲しい。

2019年5月3日金曜日

神宮球場

今日は神宮球場に家族で観戦に。
逆転に次ぐ逆転で,試合展開としては非常に面白かったのだが…
6回の裏に満塁ホームランを浴びて,万事休す。
下の写真は,商学部1年生の森下君。
雰囲気のある良い打者だけど,私が応援に行って観戦しているときに,ヒットはなし。
次回こそ期待したいね。



2019年5月2日木曜日

あっと言う間に…

今日は早朝から娘とテニス。
高校時代にテニス部だったが、大学に入ってから3年あまりラケットを握っていなかったとのことなので、どうなることかと思っていたら、まぁまぁ打てていて、結構楽しかった。
帰宅後、シャワーを浴びてさっぱりしてから大学へ。
作りかけの資料の完成を目指すが、残念ながら果たせず…
明日と明後日は大学へ行けないので、GWラスト2日が勝負だな。
しかし…資料づくり、嫌いではない。
いや…むしろ、だんだん形として完成していくのが楽しいので、好きかも。

2019年5月1日水曜日

日経新聞の…

本日も大学で資料作りに勤しんでいるのだが…
その合間を縫って。

日経新聞のコラムに「遊遊 漢字学」というのがある。
なかなか面白いので毎週楽しみにしている。
日付をメモるのを忘れてしまったのだが,『すね者の「鼓腹撃壌(こふくげきじょう)』という記事が,なかなか味わい深かった。
政治がゆきとどき,人々が太平を楽しむさまを表現する言葉らしいが,著者の阿辻哲次氏は面白い解釈を導き出している。
氏は言う。
気ままに太平の世を楽しみ,好き勝手をしている人は,そうできているのは,いったい誰のおかげだと思っているのだろうか?
そのうえで…
決して自分の力で達成したものではないはずだ。
聖天子が治めていた時代にもすね者はいた。
今の時代に,世をすねたジコチュウがたくさんいるのは当然のことかもしれない。
と結語されている。

この文章の序文の部分で,氏はこうも言っている。
世間には「すね者」としか呼べない人がたくさんいるようだ。
まわりがその人のことをあれこれ考え,その人があまり苦労せずに生きていけるようにと心をくだいても,自分はそんなことを要求したことなどまったくないといわんばかりに勝手な行動をする。
考えようによっては実に幸せな人だが,まわりから見れば迷惑以外のなにものでもない。

まったくねぇ。