今年の演習論文大会は,渡辺ゼミがトップスリーを独占し,さながら渡辺ゼミの大会のようになった。
トップスリーのメンバーは,昨年の3年生時に,全ての大会で無冠に終わったグループのメンバーの3人であった。
それだけに喜びもひとしおであった。
それはそれで嬉しい結果ではあったが・・・
それよりも,なによりも,12名が出場できるようになるまでのプロセスが凄かった。
昨晩より,大会を参観した2年生や3年生から感想メールが届いているが,そこにそのプロセスが与えた影響の大きさが現れている。
12名という人数が確定するまでの悲喜こもごもの出来事,そして確定後の壮絶と言っていいくらいの互助意識の高揚。
これらは後輩たちに強烈な印象を与えた。
11期の振る舞いは,渡辺ゼミに新たな像そしてイズムをもたらしたのかもしれない。
渡辺ゼミは,賢しい者たちの集団ではない。
私を含め皆,ある意味愚かな集団なのかもしれない。
愚直なまで,ただひたすらに目標に向かって努力し,仲間のために献身する。
それは現代的な考え方からすると,愚かと嘲笑を浴びるような,そんな振舞いなのかもしれない。
しかし,それならば喜んで,その嘲笑を浴びよう,ということである。
これからも私は,私を必要とする子たちのために,この身を捧げよう。
しかし・・・
プロとして恥を知れ,という出来事があった。
結果を直視して,己がしたことを脳裏に焼き付け忘れるな。
分る人間は皆分っている。
その見えないけれども,決して消えることのないレッテルを,背負って生きていくがいい。
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