今日ほど講義にて,ポジティビティを装うことが辛かったことはない。
しかし,どんなに装っても,あがいても,身体は心に克てない…
顔は笑いで繕うことができても,間歇的に襲ってくる心の哀しげな響きに克てずに,少しずつ少しずつ溢れてくるものを抑えることができなかった…
今朝がた,30年来の盟友が死んだ…
すい臓癌だから,ひとたまりもない。
昨年の11月,虫が知らせるように,超多忙なのに,ふらりと広島を訪れたら,体重が半分くらいになった奴がいた…
あれだけ酒好きだった奴の車に乗って,奴の運転で飲み屋に行くなんて…
そんな状況…誰が…夢想だにしなかった。
でも,その時,会っといて良かった…
昨晩,奴をよく知っている家内と,早く奴に会いに広島に行こーぜって話をしたせいか,奴ぁ昨晩夢に出てきやがったんだ。
急かすな,待ってろよって,言ったんだけどな…
馬鹿野郎…
俺にとって奴は,特別な友人だった。
いや,過去形を使いたくないな。
そう…奴は俺の心の中では絶対に死なない。
大学生活に鬱屈し,何をしても中途半端で,いつも何かに怯えるように,そしていつも何かを睨みつけるように過ごし,何かに飢え続けていた俺は,奴に出会って救われた。
生まれも育ちも,高校も大学も,何もかも違う俺らが出会えたのは…窮屈な偶然がはじけた結果なんだろうさ。
ともに純文学や近代詩が好きだった。
奴は特に,作品を産み出す作家の生き様に興味があったっけ。
太宰や安吾や中也が好きで,気が合ったもんだ。
両切りのゴールデンバットを咥えて,酒をあおり,毎晩のようにくだを巻いた時代もあったっけ。
ちゃりんこで,2駅先の場末のバーに飲みに行き,2千円しかないんです!って宣言して,隣のおっちゃんにおべっか使ってたかったりしてさ。
たちの良くない無頼を装ったこともあったっけ。
まるで堕ちるために生きているような飲みっぷりだったっけ。
しかし同時に・・・奴は音楽を,俺は勉学を,目指すものは違ったが,互いに追いかけていた。
手を大きく振って,まるで毎日ちょっとずつ前に進むために,ドブの中をあがいているかのようにさ…
俺は奴がいたからここまでやってこられた。
奴と無茶苦茶やった20代は,俺にはかけがえのない瞬きの積み重ねだったんだ。
奴が夢破れ,故郷の広島に帰ってからも,運命だったんだろうな…俺の最初の赴任地が岡山で,追いかけるように初めて東京を離れ,それからも好き放題のことを奴とはやったよなぁ。
とてもここじゃ書けんこともね。
3年間だったが,楽しかったなぁ。
奴は死んだ。
しかし,俺が生き続ければ奴は死なない。
いつまででも覚えていてやる。
奴は中也の「サーカス」が好きだった。
特に,ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん がな。
「中也の擬態語はすげーよ」っていう奴の声が聞こえてくるようだぜ…
明日会いに行くからな,待ってろよ。
なぁユースケ。
ヨーコちゃんとユーサク,それからはねっ返りのじゃじゃ馬も。
きっと見届けてやるよ。
そんなに心配するなって。
なぁ,久しぶりに明日飲もうぜ。
合掌
詩集『山羊の歌』
「サーカス」
幾時代かがありまして
茶色い戦争ありました
幾時代かがありまして
冬は疾風(しっぷう)吹きました
幾時代かがありまして
今夜此処(ここ)での一(ひ)と殷盛(さか)り
今夜此処での一と殷盛り
サーカス小屋は高い梁(はり)
そこに一つのブランコだ
見えるともないブランコだ
頭倒(あたまさか)さに手を垂れて
汚れ木綿(もめん)の屋蓋(やね)のもと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん
それの近くの白い灯(ひ)が
安値(やす)いリボンと息を吐(は)き
観客様はみな鰯(いわし)
咽喉(のんど)が鳴ります牡蠣殻(かきがら)と
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん
屋外(やがい)は真ッ闇(くら) 闇の闇
夜は劫々と更けまする
落下傘奴(らっかがさめ)のノスタルジアと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん
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