高い心理的安全性のもと、互いに意見をぶつけ合い、知的興奮に包まれ、全員がうんうんと頷く論理の構築物を創り上げるゼミの時間が多い期だ。
ゼミ中に自分のグループの研究の内職をするなんて、問題外。
他のグループの発表をできる限り良くしたい、そんな想いに突き動かされ、厳しい意見も愛だと理解し、前のめりで食いつくように、いつ発言してやろうと虎視眈々としている、そんな姿勢を誰もがとれるようになったら、最高。
その真逆の行動をとりたいのなら、5505から出ていけば良い。
他のグループの発表をめぐっての議論に参加しないだけではなく、グループワークの内職のためにコソコソ話すなんて、ゼミを妨害する行為に他ならない。
他のグループをうらやむのやめなさい。
「うらやむ」という言葉の「うら」とは、アイヌ語で「心」を意味するそうだ。
つまり「うらやむ」とは「心が病む」ということを意味する。
他のグループの進捗度なんてどうでもいいんだ。
自分の心に栄養を与え、健康にするべきであり、自分の内部の問題なんだ。
そもそもゼミの時間に内職をしなければならないくらい、全員が集う時間が創れないのなら、他のグループと同じようにゼミで高い山の登攀を目指さない方が良い。
高尾山で十分。
それはそれで全然渡辺ゼミとして問題ではない。
1週間の中で自分たちがゼミに傾注する時間を少ししかとらないのに、他の時間をかけているグループをうらやんだり、ゼミの時間にその作業をするなんて、お門違いだ。
ところで、私が注意するまで、内職行為を等閑視していた、他の連中にも問題がある。
愛は厳しさの中にこそある。
苛烈ともいうべき厳しさの中にこそ、本当の愛はある。
表面的な仲良しクラブでいたいのなら、そんなことはよそでやってくれ。
渡辺ゼミ21期が最高の期になるための道程として、今日の出来事を位置づけることができるか、それは君ら次第。
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