朝6時に畑に出る。
外はまだ薄暗く,長袖でもちょっと肌寒い。
7時半に家を出て,大学に向かう。
玄関を開けると太陽が顔を出しており,思わず手をかざす。
ひんやりととした空気に,朝陽が気持ちいい。
秋だね。
一番好きな季節だ。
さて,今日もがんばろう。
2011年8月29日月曜日
2011年8月26日金曜日
日光出張
日光にてミニ・プロフィットセンターの一種であるラインカンパニー制の合宿研修にシットインさせてもらってきた。1時間ほど講演もした。
今週は,出張だらけで本当に疲れたけれども…
昨晩は非常に面白かった。
研修の講師陣は皆,住友電工のOBなのだが,退職時には住友の子会社の社長を務めた人たちであり,夜遅くまで色々とお話しをおうかがいすることができた。非常に生々しいビジネスの話しであり,ちょっとここには書けないようなことも…。しかし,そういう他では聞けないような話しだからこそ,非常に勉強になった。
さて,来週も大阪と福岡に連続出張があるが,ダブルで迫ってきている台風11号と12号がちょっと心配。
今週は,出張だらけで本当に疲れたけれども…
昨晩は非常に面白かった。
研修の講師陣は皆,住友電工のOBなのだが,退職時には住友の子会社の社長を務めた人たちであり,夜遅くまで色々とお話しをおうかがいすることができた。非常に生々しいビジネスの話しであり,ちょっとここには書けないようなことも…。しかし,そういう他では聞けないような話しだからこそ,非常に勉強になった。
さて,来週も大阪と福岡に連続出張があるが,ダブルで迫ってきている台風11号と12号がちょっと心配。
2011年8月24日水曜日
2011年8月22日月曜日
自己とゼミ
群れから離れて成長した猿は,「自己」を認識できないという。
ほっぺたにペンキを少し塗って,鏡の前に立たせても,そこに映った自分を自分だと認識できないそうだ。
これに対して,群れの中で育った猿は,ほっぺの異変に気がつき,手で色のついた部分に触れるそうだ。つまり,鏡に映っているのは自分だと分かっているということになる。
自己を認識するために,自分以外の人が必要だということ。
そう言う意味でも,人は人にとってとても大事なのである。
ゼミという集団の中で,果たしていかなる自己認識がなされるのであろう。
それはひとえに,ゼミに属する人が,他のゼミ生にどのように接するかによって決まるのであろう。
良いゼミであってほしいと思う。
来月,ゼミ合宿がある。
北海道,名古屋,大阪,栃木…,それこそ全国からOBOGが20名近く,参加してくれる。
彼ら彼女らにとっては,良いゼミであったのであろうか。
ほっぺたにペンキを少し塗って,鏡の前に立たせても,そこに映った自分を自分だと認識できないそうだ。
これに対して,群れの中で育った猿は,ほっぺの異変に気がつき,手で色のついた部分に触れるそうだ。つまり,鏡に映っているのは自分だと分かっているということになる。
自己を認識するために,自分以外の人が必要だということ。
そう言う意味でも,人は人にとってとても大事なのである。
ゼミという集団の中で,果たしていかなる自己認識がなされるのであろう。
それはひとえに,ゼミに属する人が,他のゼミ生にどのように接するかによって決まるのであろう。
良いゼミであってほしいと思う。
来月,ゼミ合宿がある。
北海道,名古屋,大阪,栃木…,それこそ全国からOBOGが20名近く,参加してくれる。
彼ら彼女らにとっては,良いゼミであったのであろうか。
2011年8月17日水曜日
基礎づくり
先週ぐらいから,毎朝,1時間半ぐらいかけて,今年から借りたもう1枚の田んぼの雑草取りをしている。シバ系の雑草だが,これがしぶとい。草の部分をもって引っこ抜いても,土の中に根を残していると,すぐにまた生えてくる。それこそ「根こそぎ」抜かないと,きりがないのである。しかし,それがなかなか難しい。
そこで考えた方法は,まず土を50㎝ほど掘る。それから横にトンネルを掘っていく。そして,土の表面にかかと落としを喰らわして,トンネルの上の30~40㎝の土の塊を崩落させる。雑草の根っこごと崩落させる感じである。そして,根についた土を払い,まさに根こそぎ除去する。
ジャガイモを収穫してから,しばらく放っておいたので,絨毯のように覆っている雑草を,土を掘り,トンネルを掘り,それからかかと落としをし,根こそぎ除去し,それから崩落した土を手で探って根っこ(アーモンドのような形をしている)の取り残しがないか確認する。
根気のいる時間のかかる作業である。今までおそらく20時間ぐらいかけたと思うが,まだ四分の一ぐらい残っている。
でも,丈夫な野菜(ブロッコリーとキャベツを植える予定)を作るためには,欠かせない作業である。
何事も基礎づくりが大事である。
今年の3年生は,その基礎づくりに苦労している。
何度も何度も私に駄目だしされ,また新たに「作文」してくるが,基礎がなってないので,粗だらけ。
じっくり文献を読み込み,きっちりと基礎を作っておかないと,しっかりしたモデルはできない。
あるグループは,7月末の夏ゼミ終了後,2回も研究室に来て,報告をした。
今日がその2回目の訪問だったわけだが,ようやく曙光が見え始めたというところか。
しかし,時間がない。
頑張ってほしいと思う。
そこで考えた方法は,まず土を50㎝ほど掘る。それから横にトンネルを掘っていく。そして,土の表面にかかと落としを喰らわして,トンネルの上の30~40㎝の土の塊を崩落させる。雑草の根っこごと崩落させる感じである。そして,根についた土を払い,まさに根こそぎ除去する。
ジャガイモを収穫してから,しばらく放っておいたので,絨毯のように覆っている雑草を,土を掘り,トンネルを掘り,それからかかと落としをし,根こそぎ除去し,それから崩落した土を手で探って根っこ(アーモンドのような形をしている)の取り残しがないか確認する。
根気のいる時間のかかる作業である。今までおそらく20時間ぐらいかけたと思うが,まだ四分の一ぐらい残っている。
でも,丈夫な野菜(ブロッコリーとキャベツを植える予定)を作るためには,欠かせない作業である。
何事も基礎づくりが大事である。
今年の3年生は,その基礎づくりに苦労している。
何度も何度も私に駄目だしされ,また新たに「作文」してくるが,基礎がなってないので,粗だらけ。
じっくり文献を読み込み,きっちりと基礎を作っておかないと,しっかりしたモデルはできない。
あるグループは,7月末の夏ゼミ終了後,2回も研究室に来て,報告をした。
今日がその2回目の訪問だったわけだが,ようやく曙光が見え始めたというところか。
しかし,時間がない。
頑張ってほしいと思う。
2011年8月12日金曜日
時が経つのが…
早い!
今週と来週は概ね研究に時間を充てられる貴重な時。
だが,経つのが早い!
再来週は,鳥取と栃木に出張。
その次の週からは,学会出張が続く。
学会発表の準備は順調だが,とにかく時間が欲しい。
でも,少しは家族の相手もしてやらねばならないし…。
今度の日曜日に恐竜博って,混雑で死ぬかも。
と言いつつも,つい先ほどまで「硫黄島からの手紙」を見てしまった。
一回見たことがあるのだが,子供に勧めた手前,ちょっと解説を加えながら,結局一緒に全部見てしまった。
クリント・イーストウッド監督の作品は,ほんとに見ごたえがある。
昔読んだ日本軍の敗因を組織論的に検証している次の本を思い出した。
野中郁次郎ほか『失敗の本質』中公文庫。
しかし,アメリカ滞在経験のある日本軍人を良く描きすぎのような気も。
今週と来週は概ね研究に時間を充てられる貴重な時。
だが,経つのが早い!
再来週は,鳥取と栃木に出張。
その次の週からは,学会出張が続く。
学会発表の準備は順調だが,とにかく時間が欲しい。
でも,少しは家族の相手もしてやらねばならないし…。
今度の日曜日に恐竜博って,混雑で死ぬかも。
と言いつつも,つい先ほどまで「硫黄島からの手紙」を見てしまった。
一回見たことがあるのだが,子供に勧めた手前,ちょっと解説を加えながら,結局一緒に全部見てしまった。
クリント・イーストウッド監督の作品は,ほんとに見ごたえがある。
昔読んだ日本軍の敗因を組織論的に検証している次の本を思い出した。
野中郁次郎ほか『失敗の本質』中公文庫。
しかし,アメリカ滞在経験のある日本軍人を良く描きすぎのような気も。
2011年8月10日水曜日
信頼とか希望とか将来の見通しとか
最近,自分の研究関心から,信頼,希望,見通しといった概念の本を読む機会が増えた。
ユダヤ人の心理学者であるヴィクトール・フランクルが,自らのアウシュヴィッツ収容所体験をもとに執筆した『夜と霧』の記述は,非常に興味深いが,あの強制収容所の地獄のすさまじさに思いをいたさざる得ない。
「なぜ生きるかを知っている者は,どのように生きることにも耐える」
これはニーチェの言葉である。
希望があれば人間はどんな苦難にも耐えられるということであろう。
逆にいえば,人間は希望を失えば,生きていくことは難しいと言うことも意味する。
フランクルの書物は,このことを,極限状態のユダヤ人を観察することによって証明している。
ある男が夢を見たと言う。
1945年の3月30日に戦争が終わる夢を。
しかし,3月29日にその見込みがほとんどないことが分かった。
そして,その男は3月30日に死んだ。
腸チフスであった。
フランクルは言明する。
戦争終結がかなわず,ひどく落胆し,すでに潜伏していた発疹チフスに対する抵抗力が急速に低下したあげくに命を落としたのだと。
儚い夢を希望として胸に抱き,その男は収容所の地獄を生きたのである。
そして,何の根拠もない希望が崩れたときに,死んだのである。
人は何と強く,そして脆いものか。
また,フランクルは言う。
1944年と1945年のクリスマス後,大量の死者が出たと。
収容所の医者は言う。
それは,過酷さを増した労働条件からも,悪化した食糧事情からも,季節の変化からも,あるいは新たに広まった伝染性の疾患からも説明がつかないと。
多くの収容者たちは,クリスマスには家に帰れるという,何の根拠もない「素朴な希望」にすがっていたのだ! 何の…ほんとに何の…根拠もない…。
そんな素朴な希望でも,それがなくなれば,死を導く急激な抵抗力の低下を招くのだ。
今の日本では,希望をもちにくいと言われる。
特に若者が。
しかし,果たしてそうか?
あの絶望の収容所でも,人は希望をもった。
希望は与えられるものではなく,自ら見つけ抱くものであろう。
ユダヤ人の心理学者であるヴィクトール・フランクルが,自らのアウシュヴィッツ収容所体験をもとに執筆した『夜と霧』の記述は,非常に興味深いが,あの強制収容所の地獄のすさまじさに思いをいたさざる得ない。
「なぜ生きるかを知っている者は,どのように生きることにも耐える」
これはニーチェの言葉である。
希望があれば人間はどんな苦難にも耐えられるということであろう。
逆にいえば,人間は希望を失えば,生きていくことは難しいと言うことも意味する。
フランクルの書物は,このことを,極限状態のユダヤ人を観察することによって証明している。
ある男が夢を見たと言う。
1945年の3月30日に戦争が終わる夢を。
しかし,3月29日にその見込みがほとんどないことが分かった。
そして,その男は3月30日に死んだ。
腸チフスであった。
フランクルは言明する。
戦争終結がかなわず,ひどく落胆し,すでに潜伏していた発疹チフスに対する抵抗力が急速に低下したあげくに命を落としたのだと。
儚い夢を希望として胸に抱き,その男は収容所の地獄を生きたのである。
そして,何の根拠もない希望が崩れたときに,死んだのである。
人は何と強く,そして脆いものか。
また,フランクルは言う。
1944年と1945年のクリスマス後,大量の死者が出たと。
収容所の医者は言う。
それは,過酷さを増した労働条件からも,悪化した食糧事情からも,季節の変化からも,あるいは新たに広まった伝染性の疾患からも説明がつかないと。
多くの収容者たちは,クリスマスには家に帰れるという,何の根拠もない「素朴な希望」にすがっていたのだ! 何の…ほんとに何の…根拠もない…。
そんな素朴な希望でも,それがなくなれば,死を導く急激な抵抗力の低下を招くのだ。
今の日本では,希望をもちにくいと言われる。
特に若者が。
しかし,果たしてそうか?
あの絶望の収容所でも,人は希望をもった。
希望は与えられるものではなく,自ら見つけ抱くものであろう。
2011年8月8日月曜日
夏ゼミ前半戦終了…一応
7/30(土)13:00-18:30 3年生
8/1(月)9:30-12:30 2年生
8/6(土)9:00-11:00 3年生
8/6(土)11:00-19:00 4年生
これが正規の授業期間終了後の,いわゆる夏ゼミの日程。
正直,疲れた。
特に8/6は。
朝から晩まで,研究室から5号館に移動するプロセスも,昼御飯を食べている時間も,ゼミ生の質問に応じた。学生対応をしていない時間は,トイレに行っている時間のみ。
だいたい私のゼミの場合,夏ゼミ,夏合宿,春ゼミ,春合宿のゼミ時間だけで,正規の授業期間における週1回のゼミに置き換えると,2年分はやってしまう。
学生もよくついてきてくれていると思うけど…。
しかし,明日もゼミ生対応がある。
さらに9月初旬には,夏ゼミ後半戦がある。
研究に完全に専念できるのは,今週と来週のみ。
さて,頑張りましょう。
8/1(月)9:30-12:30 2年生
8/6(土)9:00-11:00 3年生
8/6(土)11:00-19:00 4年生
これが正規の授業期間終了後の,いわゆる夏ゼミの日程。
正直,疲れた。
特に8/6は。
朝から晩まで,研究室から5号館に移動するプロセスも,昼御飯を食べている時間も,ゼミ生の質問に応じた。学生対応をしていない時間は,トイレに行っている時間のみ。
だいたい私のゼミの場合,夏ゼミ,夏合宿,春ゼミ,春合宿のゼミ時間だけで,正規の授業期間における週1回のゼミに置き換えると,2年分はやってしまう。
学生もよくついてきてくれていると思うけど…。
しかし,明日もゼミ生対応がある。
さらに9月初旬には,夏ゼミ後半戦がある。
研究に完全に専念できるのは,今週と来週のみ。
さて,頑張りましょう。